東京高等裁判所 平成10年(行ケ)380号 判決 1999年9月30日
主文
特許庁が平成九年審判第七九一六号事件について平成一〇年一〇月一六日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
理由
【事実及び理由】
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
主文と同旨
二 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者間に争いのない事実
一 特許庁における手続の経緯
被告は、漢字「財団」と「法人」を二段に表記し、その右に続けて漢字「日本美容医学研究会」を横書きしたものからなり、指定商品を第二六類「書籍、雑誌、新聞」とする登録第二七一三一三五号商標(昭和五二年三月一〇日出願、平成八年三月二九日設定登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。
原告は、平成九年五月一四日、本件商標は原告の名称を含むから商標法四条一項八号に該当するとして、本件商標の登録の無効の審判を請求し、特許庁は、これを平成九年審判第七九一六号事件として審理した結果、平成一〇年一〇月一六日に「本件審判の請求は、成り立たない。審判費用は、請求人の負担とする。」との審決をし、平成一〇年一一月九日にその謄本を原告に送達した。
二 審決の理由
審決の理由は、別紙審決書の理由の写しのとおりであり、要するに、原告は、法人格を有しない団体であって権利能力を有しないので、本件商標の登録を無効とする利益を享受することができないから、商標法四条一項八号の「他人」に当たらず、本件商標の登録を上記規定に該当するとして商標法四六条一項一号により無効とすることはできない、としたものである。
第三 原告主張の審決取消事由の要点
一 現実の社会には、形式的には法人格を有しない団体であっても、法人格を有する者と同様に、その名をもって社会的、経済的に活動する者は数多く存在し、原告もその一つである。このような団体は、形式的には法人格を有していないとはいえ、法人格を有する団体と同様の機能を有しているのであるから、その名称もまた、法人格を有する団体と同様に尊重されなければならない。したがって、商標法四条一項八号にいう「他人」には、このような団体も含まれると解すべきである。
このことは、平成九年三月一一日に言い渡された平成六年(オ)第一一〇二号最高裁判所第三小法廷判決において、「フランチャイズ契約により結合した企業グループは共通の目的の下に一体として経済活動を行うものであるから、右のような企業グループに属することの表示は、主体の同一性を認識させる機能を有するものというべきである。したがって、右企業グループの名称もまた、商標法二六条一項一号にいう自己の名称に該当するものと解するのが相当である。」とされ、法人格を有しない者の名称にも保護が与えられていることによっても、裏付けられるものというべきである。商標法二六条一項一号は、同法四条一項八号に該当するため本来なら商標登録を受けることができない商標が誤って登録されたときの救済規定であり、そこで保護の与えられる者に対しては、同法四条一項八号においても保護が与えられるべきはむしろ当然というべきだからである。
二 審決は、商標法七七条二項が準用する特許法六条が、法人格を有しない団体に対して一定の手続に限って手続をする能力を認めていることを根拠に、そこで認められている手続をすること以外には、商標法上の保護が与えられず、したがって同法四条一項八号の保護も与えられないとの結論に至っているが、はなはだしい論理の飛躍である。すなわち、商標法七七条二項の準用する特許法六条は、手続能力についての規定であって、商標法四条一項八号の適用による利益の享受が法人格を有しない団体に認められないことを定めたものではなく、法人格を有しない団体にも上記利益の享受が認められるべきことは、一で述べたとおりであるからである。
第四 被告の反論の要点
法人格を有しない団体である原告は商標法四条一項八号の適用による利益を享受し得ない、とした審決の判断は正当である。
一 法人格を有しない団体に対して認めるべきものとして商標法上規定されているのは、商標法七七条二項が準用する特許法六条に定められている特定の手続上の行為に限られており、このことからすれば、商標の登録出願という手続上の行為を始め、商標法上定められているそれ以外の行為も利益の享受も、法人格を有しない団体に対しては認められていないと解すべきである。したがって、商標法四条一項八号は、上記解釈からして法人格を有しない団体については適用されないと解すべきである。
二 文理的にも、「他人」とは、他の「人」すなわち「自然人」又は「法人」であり、法人格を有しない団体が「人」に含まれないことは明らかであるから、法人格を有しない団体を同号にいう「他人」とするのは無理である。
三 商標法二六条一項一号に関する最高裁判所判決を挙げてする原告の主張は失当である。法人格を有しない団体につき同号で問題となるのは、他人の商標権の行使から自己の名称を守ることであるのに対し、商標法四条一項八号で問題になるのは、自己の名称を根拠に他人の商標権取得を妨げることであり、発生する問題の状況が全く異なるからである。法人格を有しない団体に対しては、自己の名称の使用を認めるだけでその保護は十分と考えるべきである。
第五 当裁判所の判断
一 審決は、法人格を有しない団体には、たといそれが後に述べる「権利能力なき社団」であったとしても、商標法四条一項八号の適用による利益の享受は認められないとの前提で、本件商標の登録を商標法四六条一項一号により無効とすることはできないと判断しているが、失当である。
商標法は、七七条二項において特許法六条を準用しており、特許法六条は、「法人でない社団又は財団であって、代表者又は管理人の定めがあるものは、その名において次に掲げる手続をすることができる。」とし、その三号に「第一二三条第一項又は第一二五条の二第一項の審判を請求すること。」を掲げており、同法一二三条第一項には特許の無効の審判の請求が規定されているから、法人でない社団又は財団で、代表者の定めがあるもの(以下「権利能力なき社団」ということがある。)は、その名において、すなわち当事者として、商標法四六条一項の商標登録の無効の審判を請求することができることは明らかである。
それでは、商標法は何のためにこのようにして権利能力なき社団に対して商標登録の無効の審判を請求する能力を認めたのであろうか。手続上無効の審判によって守られるべきものとされている類型の利益については、権利能力なき社団に対しても権利能力のある社団(法人)と同一の保議を与えることが、その主な目的であったと考える以外に、この問いに答えることはほとんど不可能であり、少なくとも、そのように答えるのが最も合理的な解答というべきである。
換言すれば、商標法が無効の審判の手続をする能力を権利能力なき社団に与えたのは、無効の審判によって守られる類型の利益の範囲においては、権利能力なき社団に対しても法人と同じ保護を与える旨を、保護を実現すべき手続の面から表明したものと理解する以上に合理的な解釈は、あり得ないのである。
したがって、権利能力なき社団に対し商標法上どのような保護が与えられるべきかという一般的問題はしばらくおくとして、少なくとも無効の審判により守られるべきだとされている類型の利益については、それを無効の審判の手続で守ろうとする限りにおいては、権利能力なき社団も権利能力ある社団(法人)と同じに扱うべきものと解すべきである。
このように考えた場合、商標登録の無効の審判により守られるべき利益の典型の一つである自己の名称(商標権者から見れば他人の名称)に関し、権利能力なき社団に対しては「他人」としての資格を認めないとの解釈は、権利能力なき社団に対しても無効の審判の手続をすることを認めた出発点との間に、説明することの極めて困難なずれを生じさせるものというべきであり、それを肯定すべき何か特別な根拠が要求されるものというべきである。しかし、そのような根拠を見出すことはほとんど不可能である。
二 《証拠略》によれば、原告は、昭和三四年一一月に、「専門医師の指導と関与のもとに、医薬部外品クロロフィル化粧料の適切なる使用法および正しい取り扱いを調査・研究し、これを広く普及し、以て日本美容文化の向上に資する」ことを目的として設立された社団であり、そのとき以来、法人格を有しないものの、定款を定め、代表者として理事から互選される会長を置き、「日本美容医学研究会」との名称で、皮膚と化粧料の研究及びその助成等の事業を営み、美顔教室を運営し、美容等に関する出版物を発行するなどし、社団として独自の社会活動を営んできていることが認められ、上記認定事実によれば、原告が、権利能力なき社団、すなわち、商標法七七条二項により準用される特許法六条にいう、「法人でない社団であって、代表者又は管理人の定めがあるもの」に該当することは明らかである。そうすると、原告は、本件の無効審判の請求についてあたかも法人格を有するのと同じように扱われるべきであるから、これに対し、法人格を有しない団体であることのみを理由として、商標法四条一項八号により本件商標を無効とする利益の享受を否定した審決の判断は、誤りであり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすものであることは明らかである。審決は違法であって取消しを免れない。
三 以上によれば、本訴請求は理由がある。そこで、これを認容して審決を取り消すこととし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸 充)